「伝説のプロデューサー」酒井政利は、最近の人達にとってはそれほど有名でもなく、音楽プロデューサーとして、楽曲のタイトルを決めて、イメージする歌の作詞作曲家を、自分の感性で選んでいたようだけど、結局ヒットに繋がったのは、歌手の力量も大きい・・・
山口百恵、南沙織、郷ひろみのような人達は、誰がプロデュースするかに関係なく、スーパースターになってるんじゃないかな?
でも、南沙織が言うところでは、CBS・ソニーレコード(現在のソニー・ミュージックエンターテイメント)の礎になっているという認識で、30階の内20階を、酒井政利が築き上げたらしい!
当時関わっていたメンバーは、今では大御所ばかりで、1977年に電通が企画した「南太平洋・裸足の旅」では、阿久悠や浅井慎平、横尾忠則、池田満寿夫、多田道太郎、平岡正明のような人達と過ごすことで、無心の感覚を手に入れることができたような?
右から阿久悠、多田道太郎、池田満寿夫、酒井政利、横尾忠則、平岡正明
これがキッカケで、楽曲が、映画やドラマの主題歌や挿入歌、CMソングに使われるような「タイアップ」みたいなものでも音楽の幅を広げて、その才能を開花させたみたい!
やはり、当時のテレビ音楽は、お釈迦様(酒井政利)の掌の上で、転がされていたのか?
この領域になると、独自の哲学があって、そのキーワードは、コンプレックス、ナルシズム、セルフ・プロデュース、51対49・・・


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