2020年7月25日土曜日

紀の川変遷




太古の紀の川は、和歌川から片男波に流れていたことは有名な事実・・・

1495年の明応東海地震の時に、津波が押し寄せて、今の形になったらしいよ!


現在の紀の川は、ほぼ直線的に西流し、和歌山市の湊付近で海に注いでいる。しかし、昔からそこに河口があったわけではない。紀の川の変遷をたどると、縄文前期頃(約5,000~6,000年前)の海面は現在より高かったため、和歌山平野の大半が浅海底となり、紀の川河口は和歌山市の岩橋山地の北側付近にあった。その後、和歌山平野は海面の低下・紀の川の沖積作用によって陸化していった。
 古墳時代から平安時代の主流は、楠見付近から西へ土人川・和歌川の川筋を流れ、和歌浦へ注いでいた。11世紀ころ、紀の川は洪水時に主流を水軒川に変え、大浦へ注ぐようになった。その後、15世紀末の明応4年(1495)の地震・津波によって、紀の川は海岸の砂丘を突破し、ほぼ現在の流路の位置になった。
 
現在の地図を合わせてみると、神武天皇が東遷したとき、負傷した彦五瀬(ヒコイツセ)を連れて、和田川を遡り竈山神社のある場所へ上陸したことが想像出来るね?



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